若井久美子さん×榎本憲男監督

 
wakai kumiko
84年東京都生まれ。東京音楽大学演奏家コース・声楽コース、東宝ミュージカルアカデミー アドバンスコースを経て女優業へ。東宝ミュージカル「レ・ミゼラブル」では13年、15年とコゼット役を務めた。Yes-fm(大阪市中央区のコミュニティーFM局)「若井久美子の Oh! Dreamin」は毎週月曜 18:00~ON AIR(アプリ「ListenRadio」を利用すればPC、スマホで聴取可)。
ブログ「若井久美子のくみの音楽三昧」
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enomoto norio
59年和歌山生まれ。西武セゾングループ文化事業部の映画部門を経て、東京テアトルへ転籍。劇場支配人や番組編成、宣伝、製作にたずさわる。10年よりフリー。同年、監督作品『見えないほどの遠くの空を』を発表、同名の小説を執筆(小学館刊)。11年、短編『何かが壁を越えてくる』を監督。15年、小説『エアー2.0』を発表(小学館刊)。シナリオの勉強会「シナリオ座学」も主宰している。
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──『森のカフェ』はとても「榎本監督っぽいな」と感じました。それは、非日常が流れ込んでくるというか、観ていてちょっと気恥ずかしいくらいの……。
榎本 フィルターのかかり方(笑)?
──そうですね。歌を歌い出したり、唐突な部分も。80年代的な表現と呼ぶべきか……。
榎本 80年代後半的な?
──非日常的な展開でも、“80年代的表現”に親しんできた僕はすぐに入って行ける。アニメにたとえると『うる星やつら』とかですかね。若井さんの世代にそういうスイッチはあるのかな、というのが疑問です。
榎本 この人はありますよ。
若井 私の場合、舞台をメインに活動してきたので、なによりも“抑えること”が大変。おもに映像をやられている俳優さんとはまったく違う課題を抱えているんです。
──舞台は表現が大きいんですね。
若井 「二階席の一番奥まで届くように」って言われますから。だから、この現場は新鮮だったんです。

ド真剣な70年代、「てへっ」な80年代

若井 たとえばファッションでも、私が着ている膝下丈のひらひらしたスカートみたいに、80年代っぽいものが流行っていますよね。このあいだも「いまレトロなものがイケているよね」って話を同年代の友だちとしていたんです。この映画も、恋愛とまではいかない、ピュアな部分があって……すごくレトロっぽい。
榎本 レトロ!? 全然間違っていますよ(笑)!?
──僕はわかる気がします。80年代後半の感覚というか……。
若井 映画に出てくる服もそうじゃないですか。“いまどき”っぽすぎないというか、森にいそうな……。
榎本 単に“最先端”なものがイヤなんですよ。“ココ狙ってます”というものが。さっき、『うる星やつら』が出てきたけど、そういう存在って実写映画ではないでしょう? 少なくとも日本では。
──かつて角川映画には「ありえねぇ!」みたいな作品がいっぱいあったじゃないですか。
若井さんと榎本監督 榎本 そこまでさかのぼればそうとも言える。でもそれはある種のファンタジーでしょ? 日本映画はいま、ファンタジー色がなくなったんですよ。その役割はアニメが担っている。分業されたんですよ。実写はリアリズムか、テーマパーク系か、その二択になった。そんななかで僕は、我々が過ごしている日常とはどこか違う、ファンタジーの領域を取り込みたいわけです。
──ファンタジーには、気恥ずかしい要素がついてくるわけですが……。
榎本 “気恥ずかしさ”でいうと、もっと以前の『巨人の星』のセリフなんて、目も当てられないわけじゃないですか。『あしたのジョー』も。でもみんな熱狂していた。観ていて恥ずかしいとは思わなかった。それだけ物語のドライブ感があったわけです。そこがひとつの勝負だったわけですよね。70年代は血管が切れるくらいに真剣だったからね。80年代になると斜に構えて「てへっ」って感じですからね。
──監督にも、その“テレ”の感覚はありますよね?
榎本 実はテレはある。あるくせに「恥ずかしいことをやりますよ」というタイプ(笑)。
──それが『森のカフェ』から漂っていたし、楽しめました。

“ホントはやっちゃいけない”つくり方

若井 私、森野洋子はのび太くんみたいな存在だと思うんです。
──どういうことですか?
若井 憎めなくて、まわりから愛される。現実には、いそうにない、でも、いる気もする、そういうキャラクター。一方の哲学者・松岡啓司は、面白いことを言わない、まじめな青年。出会うことのないはずだったそんなふたりが出会って、コミュニケーションが生まれていくところが新鮮でした。
榎本 そこはね、物語のある種の法則にのっとっているんです。昔のスクリューボール・コメディとかロマンチックコメディのキャラクターの型を踏襲しているわけ。このジャンルでは、女の子は“お転婆”か“壊れキャラ”の美女、男は“ちゃらんぽらんな色男”か“気むずかしいお坊ちゃん”“。これは、ハリウッドが一番充実していた時期に、一番うまい演出家と一番うまい役者たちを使い贅を尽くしてやっていたことを、さりげなくちょっとマネしてみた……って、本当はこんな超低予算じゃやっちゃいけないことなんだけどね(笑)。
──なんでやっちゃいけないんですか?
榎本 到底かなわないわけですよ。リアルな日常における心の機微を、長回しのカメラで撮るっていうのがメインストリームじゃないですか。たしかに、それは予算と手法が合っているつくり方でもある。本作は無謀だし、役者も難しかったと思う。その点、若井さんはうまかった。

2015.10.24
[text]八王子真也


森のカフェ
監督・脚本・プロデュース/榎本憲男
出演/管勇毅 若井久美子 橋本一郎 伊波麻央 永井秀樹 志賀廣太郎 東亜優 安藤紘平
配給/ドゥールー (15/日本/75min)
12/12~ヒューマントラストシネマ渋谷ほか、全国順次公開
©Norio Enomoto
映画『森のカフェ』オフィシャルサイト


エアー2.0
オリンピック開催を見据えた新国立競技場の建設現場。
中谷は、見るからに肉体労働には向いていない老人と出会う。
老人は中谷に大穴馬券を託して姿を消すが、その直後、現場で爆破事件が起こる……。
榎本憲男著 ¥1800+tax/小学館






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