言葉と顔の表情や行動が一緒にならない
――孝秋は自分から行動して、物語を動かしていくタイプのキャラクターではありません。奥田監督はカトウさんのことを「かわし方がうまい俳優」とおっしゃっていました。それが孝秋を演じる上で生きたのでしょうか?
「僕は、バチっと向き合うこともあるけど、できることならマジになっているよりはヘラヘラしている方がいいなというところがあるかもしれません。そこが奥田監督が考える孝秋像にうまくリンクしたのかなという感触ですね。以前、短歌の本を読んだんです。短歌は5・7・5・7・7と、少ない言葉で表現するじゃないですか。その中で、夏という言葉のあとに、暑いと言うと無駄になるんです。同じことを2回表現することになるから。演技でも、めちゃめちゃ頭にきているという状態の時に、『ぶっ殺すぞ』とは言わなくていい。逆に『めっちゃいいんじゃない? その考え方。オレ好きだよ』と言っている方がえげつない表現で、複雑になる。そういうことを探しているかもしれない。もちろん、好きなときに『好きだ』という表現も必要だと思います。ただ、その状態と言葉が乖離していた方が面白いし、実際そんなもんな気がする。孝秋も出す言葉と顔の表情や行動が一緒にならない人なんだなと思いました。だからマジになったら茶化したりする。そういう人がマジになるときはどういうときなんだろうと、考えていきました」
――役だけではなく、作品そのものにコミットしている印象です。今後は役者だけに限らない関わり方を?
「それは監督をやりたいとかそういうことも含めてですよね? いまはできる気がしないです。自分としてはいまの仕事がまだまだだし、もう少しこの道を突き詰めていきたい。役者は役があって、その枠組みの中で表現する仕事。『自分は本当はこうなのに……』みたいなものを表現する場はないんです。昔、舞台ではやっていたので、ゆくゆくはそういうフェーズに入ることもなくはないと思います。僕は踊れるならダンサーになりたかったし、楽器ができるんだったらミュージシャンになりたかったんです。自分の抱えている思いを創作にぶつけられる、自分の体で表現できる気がして。でも、自分にはそういう素養がなかったみたいです(笑)。役を与えられて、その役のために、今回で言えば孝秋のために身を粉にしてがんばる方が、性に向いているのかなという気がしています」
2022.1.27
[photo]久田路 [hair&make]ayadonald[text]浅川達也
kato shinsuke
81年東京都生まれ。16年、『ケンとカズ』で第31回高崎映画祭 最優秀新進俳優賞受賞。近作に『ONODA 一万夜を越えて』『DANCING MARY ダンシング・マリー』『ボクたちはみんな大人になれなかった』『偽りのないhappy end』、大河ドラマ『青天を衝け』など。待機作に『ツーアウトフルベース』(22年春公開)がある。
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